【体験談】「娘を返せ!」認知症の父に娘と認識されなくなった夜。10年の介護で学んだ心の守り方

体験談

【この記事の信ぴょう性】

       

当サイト「ココマモ」は、介護家族のための専門メディアです。当ページの記事は介護支援専門員・臨床心理士が監修しています。

今回お話を伺ったのは、東京都在住の会社員、佐藤恵子さん(仮名・52歳)。10年前から認知症の父親を介護してきた佐藤さんに、最も辛かった時期とその後の心境の変化について語っていただきました。※ご本人の同意を経て掲載しています。

「『泥棒』と呼ばれた時は、本当に心が折れました。でも今思えば、あの時立ち止まって自分と向き合えたのが、大きな転機だったんです」

最初は「ちょっとした物忘れ」だった

佐藤さんの父親(当時73歳)の変化が始まったのは、10年前のことでした。

「最初は本当に些細なことでした。同じ話を何度もするようになったり、財布をどこに置いたか分からなくなったり。でも『年のせいだろう』『誰でもあることだ』と思っていたんです」

佐藤さんは一人娘で、母親は5年前に他界。父親と二人暮らしを続けていました。仕事と介護の両立に悩みながらも、デイサービスやヘルパーの利用を検討したこともありましたが、父親が「そんなものは必要ない」と拒否することが多く、結局一人で対応することが続いていました。

「介護保険のことも調べたし、地域包括支援センターにも相談に行きました。でも父が『家族以外の人に世話になりたくない』と言うので、なかなかサービスを利用できませんでした」

仕事から帰ると、父親が「今日、誰か来なかった?」「お金がなくなっているような気がする」と不安そうに話すことが増えてきました。

「でも普通に会話もできるし、身の回りのことも自分でやっていました。まさか認知症だなんて考えもしませんでした。『うちの家族に限って』という気持ちが強かったと思います」

病院を受診したのは、症状が始まってから2年後のことでした。診断は軽度認知症。医師からは「進行を遅らせる薬はありますが、根本的な治療は難しい」と告げられました。

「泥棒」呼ばわりが始まった日々

予防含め認知症カフェ等にも連れて行ったりしていましたが、診断から3年ほど経った頃、父親の症状は明らかに悪化していました。

「一番辛かったのは、私を泥棒扱いするようになったことです。『お前が金を盗んだだろう』『財布を返せ』と毎日のように言われました」

佐藤さんは父親の財布の管理を始めていましたが、父親にはその記憶がありません。説明しても理解してもらえず、時には大声で近所に聞こえるほど怒鳴られることもありました。

「『泥棒!』と叫びながら追いかけられたこともあります。恥ずかしくて、買い物に出るのも嫌になりました。『あの家のお嬢さん、お父さんのお金を盗んでいるらしい』と思われているんじゃないかと」

夜中の徘徊も始まりました。佐藤さんは父親が外に出ないよう、玄関に鈴を付けたり、夜中も気を張って眠る日々が続きました。

「睡眠時間は多分、平均4時間くらいでした。仕事中も父のことばかり考えて、集中できませんでした。『今頃また外に出ていないだろうか』『近所に迷惑をかけていないだろうか』と不安で仕方ありませんでした」

ケアマネージャーに相談しても、「大変ですね」と同情されるだけ。

「『ショートステイの利用も検討してみては』と言われましたが、父が『知らない場所には行きたくない』と拒否して。結局、私が何とかするしかありませんでした」

決定的な日。心が完全に折れた瞬間

そんな生活が続いて5年目、佐藤さんにとって忘れられない日がやってきました。

「その日、仕事から帰ると父が興奮状態で『泥棒が入った!金を全部盗まれた!』と叫んでいました。でも家には何も異常がなくて、財布も普段通りの場所にありました」

佐藤さんが「お父さん、財布はここにあるよ」と説明しようとした時、父親が振り返って言った言葉が、心に深く刺さりました。

「『お前が泥棒だ!』『俺の娘がこんなことをするなんて』『恵子を返せ』って。実の娘だということも分からなくなっていたんです」

その夜、佐藤さんは自分の部屋で一人、声を殺して泣きました。

「10年間介護してきて、こんなことを言われるなんて。自分は何のために頑張ってきたんだろうって。『私の人生って何だったんだろう』と思いました」

佐藤さんは不眠と食欲不振に悩まされ、仕事でもミスが増え、「このままでは自分が壊れてしまう」と感じていました。

「友人とランチに行っても、何も楽しくない。映画を見ても内容が頭に入らない。自分が生きているのか死んでいるのか分からない感覚でした」

友人の一言がきっかけだった

心身ともに限界を感じていたある日、佐藤さんは久しぶりに会った友人に愚痴をこぼしました。

「『父に泥棒呼ばわりされて、もう限界』って泣きながら話したら、友人が『恵子、顔色やばいよ。何か相談できる場所とか探した方がいいんじゃない?』って心配してくれて」

その晩、スマホで介護について検索しました。

「いろいろな記事を読んでいたら、ココマモという介護家族向けのサイトを見つけました。」

そのサイトで『介護決断サポートキット』というものが紹介されていました。

「自分の気持ちを整理するワークブックと、半年間毎日届くメール。正直、今さら何が変わるんだろうと思いましたが、友人の心配そうな顔が頭に浮かんで。『このままじゃダメだ』と思って購入しました」

書き出すことで見えてきた「自分の限界」

数日後、ワークブックが届きました。

「最初は『ワークブックなんかで何が変わるの』って思っていました。でも、いざ書き始めると止まらなくなって」

1週間の自分の時間を書き出していくと、驚愕の結果が出ました。

「自分の時間が週に2時間しかなかったんです。睡眠も平均4時間。数字で見て初めて、『ああ、私は限界だったんだ』と客観的に分かりました」

それまで「まだ頑張れる」と思っていた自分が、実はとっくに限界を超えていた。

「介護スケジュールを全部書き出したら、朝6時から夜中の2時まで、ほぼ休みなく動いていることが分かって。こんな生活、続けられるわけないって気づきました」

「施設=見捨てる」という思い込み

父の状態を客観的に評価するワークもありました。質問に答えていくと、父には施設という選択肢もあることが分かりました。

「でも、『施設に入れる=父を見捨てる』という思い込みがあって。施設を検討する自分が、悪い娘に思えてしまったんです」

キットには、罪悪感について考えるワークもありました。

「自分の罪悪感を書き出していくと、ほとんどが『思い込み』だと気づきました。施設入所後に本人も家族も幸せになっているケースが多いというデータも載っていて」

少しずつ、考え方が変わっていきました。

「『泥棒』と毎日言われて、私も父も不幸になっている。それより、プロに任せて私は穏やかに接する方が、お互いのためなんじゃないかって思えるようになりました」

毎朝届くメールに救われた

キットを購入すると、半年間毎日メールが届きます。

「毎朝7時にメールが来るんです。それを読むのが日課になりました」

特に心に残ったメールがありました。

「『介護者が倒れたら、誰が親を支えるのか』という一文を読んだ時、ハッとしました。私が倒れたら、父はどうなるんだろうって」

それまで「私が頑張らなきゃ」と思っていた佐藤さんの考え方が変わり始めました。

「『あなたは十分頑張っています』『休息は介護者の権利です』。そういう言葉を毎日読むことで、自分を責めることから解放されていきました

施設入所を決断。そして今

ワークに取り組んで2週間後、佐藤さんは施設を見学し始めました。

「最初に見学した施設で、入所者の方が笑顔で過ごしている姿を見て、驚きました。『施設=暗い場所』というイメージが間違っていたんだと」

3つの施設を見学して、最終的に父親はグループホームに入所することになりました。

「決断する時は、やっぱり罪悪感がありました。でも『このままだと私が倒れる』『私が倒れたら、父はもっと困る』。そう自分に言い聞かせました」

入所後、最初の1週間は父親が泣いていたそうです。

「スタッフの方から『最初はみんなそうですよ』と言われました。実際、2週間くらいで慣れて、今では他の入所者の方と楽しそうに過ごしています」

週末は必ず面会に行きます。

『泥棒』と言われなくなりました。それだけでも、父と穏やかに接することができるようになりました。疲れ果てていた時より、ずっと優しくなれています」

佐藤さん自身の生活も変わりました。

「夜、ぐっすり眠れるようになりました。朝起きた時に『ああ、今日も一日頑張ろう』って思えるようになって。久しぶりに友人とランチにも行けました」

何より大きかったのは、心の余裕ができたことです。

「父に会いに行くのが楽しみになりました。以前は義務感でやっていたけど、今は『会いたいから会いに行く』。その違いは大きいです」

同じ悩みを抱える方へ

佐藤さんは、同じように苦しんでいる方に伝えたいことがあるといいます。

限界を我慢するのが親孝行じゃありません。私は『もっと頑張らなきゃ』と思っていましたが、それは間違っていました」

「一度立ち止まって、自分の状況を客観的に見ることが大事だと思います。私の場合は、書き出すことで初めて『ああ、私は限界だったんだ』と分かりました」

「施設に入れることは、見捨てることじゃありません。プロに任せることで、自分は穏やかに接することができる。それも親孝行の形なんだと、今は思っています」

まとめ。一人で抱え込まないで

佐藤さんの体験談は、認知症介護において「自分の限界を知ること」の重要性を示しています。「泥棒」呼ばわりされる辛さ、自分を責め続ける孤独感。しかし、一度立ち止まって自分の状況を客観的に見ることで、新しい選択肢が見えてきました。

認知症介護では、介護者自身が追い詰められてしまうことが少なくありません。しかし、自分の限界を知り、適切な選択をすることで、本人も家族も幸せになれる道があります。

もし今、認知症介護で心が折れそうになっている方がいらっしゃいましたら、佐藤さんのように一度立ち止まって、自分の状況を見つめてみてください。きっと新しい道が見えてくるはずです。


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