「何度言っても同じことを繰り返す」「理不尽に怒鳴られてつい怒り返してしまった」そんな経験はありませんか。
認知症の人に怒ることは、介護の現場で最もやってはいけないことの一つです。しかし頭では理解していても、疲労が限界に達した時、思わず怒鳴ってしまう。そして後悔と罪悪感に苛まれる。
この記事では、認知症の人に怒るとどうなるのかを脳科学・心理学の視点から深く掘り下げ、症状悪化のメカニズムと、怒らずに済む実践的な対応方法を解説します。
認知症の人に怒ると、不安・混乱が増幅し、周辺症状(BPSD)が悪化します。感情記憶は残りやすいため、「怖い人」として記憶され、信頼関係が崩壊し、介護そのものが困難になります。なぜそうなるのか、科学的根拠とともに理解しましょう。
認知症の人に怒るとどうなるのか―脳の視点から
認知症の人に怒ると何が起きるのでしょうか。まずは脳のメカニズムから理解していきましょう。
前頭葉機能低下が引き起こす感情増幅

認知症では、感情を制御する前頭葉が萎縮します。前頭葉は、怒りや不安といった感情にブレーキをかける役割を持っています。この部分が機能低下すると、外部からの刺激に過剰反応してしまうのです。
健常な人であれば、怒られても「相手の言い分にも理由があるかもしれない」と冷静に考えられます。しかし認知症の人は、怒られるという刺激を「攻撃」として過剰に受け止めてしまいます。
さらに問題なのは、なぜ怒られているのか理解できないことです。記憶障害により、自分が何をしたかを覚えていません。理由のわからない怒りに晒されることで、恐怖と混乱だけが残ります。
この状態が繰り返されると、易怒性(怒りやすさ)がさらに強まります。些細なことでも激しく怒るようになり、介護者との関係は悪循環に陥っていくのです。
前頭葉と感情制御
前頭葉は「実行機能」を司る脳の司令塔です。衝動的な感情を抑え、状況に応じた適切な行動を選択する機能があります。認知症でこの機能が低下すると、「今は怒るべきでない」という判断ができなくなり、感情のままに行動してしまいます。
「事実の記憶」は消えても「感情の記憶」は残る

認知症の記憶障害には、重要な特徴があります。「何が起きたか」という事実の記憶は忘れやすいが、「怖かった」「嫌だった」という感情の記憶は残りやすいのです。
例えば、介護者が怒鳴った出来事そのものは忘れてしまいます。しかし「この人は怖い人だ」という感情だけがしっかりと残ります。その結果、介護者の顔を見るだけで警戒心や拒否反応が起きるようになります。
これは脳の扁桃体という部分が関係しています。扁桃体は感情、特に恐怖や不安を処理する部位で、認知症になっても比較的保たれやすいのです。
結果として、「なぜか分からないけれど、この人は信用できない」という感覚が定着し、入浴拒否、服薬拒否、介護拒否といった周辺症状が悪化していきます。
認知症の人に怒ると認知バイアスの強化という悪循環

認知症の人は、状況把握力が低下しているため、「認知バイアス」が強まります。認知バイアスとは、物事を誤って認識してしまう思考の偏りのことです。
例えば、財布を自分でしまった場所を忘れると、「誰かに盗まれた」と思い込む(物盗られ妄想)。この妄想に対して家族が怒ると、「やはり自分は攻撃されている」という認識が強化されます。
心理学的には、怒りという強い刺激が、誤った認識をさらに固定化させてしまうメカニズムがあります。「家族が敵だ」という思い込みが確信に変わり、修正不可能になっていくのです。
このプロセスが進むと、家族との信頼関係は完全に崩壊します。介護者がどれだけ尽くしても、認知症の人からは「自分を苦しめる存在」として認識され続けるという悲劇が生まれます。
認知症の人に怒ると症状はどう悪化するか
怒ることで具体的にどのような症状悪化が起きるのでしょうか。
周辺症状(BPSD)のエスカレーション

認知症には「中核症状」と「周辺症状(BPSD)」があります。中核症状は記憶障害や判断力低下など、脳の機能低下によって直接引き起こされる症状です。
一方、周辺症状は、中核症状に対する本人の不安や混乱、そして周囲の対応が組み合わさって生じます。つまり、周辺症状は環境次第で悪化も改善もするのです。
怒られるという体験は、周辺症状を悪化させる最大の要因の一つです。具体的には次のような症状が強まります。
- 暴言・暴力 – 防衛反応として攻撃性が増す
- 徘徊 – 不安から逃げ出したくなる
- 介護拒否 – 入浴・着替え・服薬を強く拒む
- 被害妄想 – 「いじめられている」という思い込みが強化される
- 興奮・焦燥 – 落ち着きがなくなり、常にイライラする
これらの症状が悪化すると、介護者の負担はさらに増大します。そして疲弊した介護者がまた怒ってしまう。この悪循環が、在宅介護を困難にする大きな要因となっています。
自尊心の傷つきが生む防衛反応

認知症の人は、認知機能は低下しても自尊心や感受性は後期まで保たれやすいことが分かっています。つまり、「自分ができなくなっている」という自覚はあるのです。
その状態で怒られると、「能力低下をバカにされた」と解釈し、強い羞恥心を感じます。この羞恥心が、怒りという形で反転するのです。老年心理学では、これを「プライド防衛反応」と呼びます。
例えば、トイレの失敗を指摘されて怒鳴られた認知症の人は、恥ずかしさを隠すために激しく怒り返します。「私は悪くない」「あなたが悪い」と責任転嫁することで、自尊心を守ろうとするのです。
この反応は決して「性格が悪い」のではありません。傷ついた心を守るための、やむを得ない防衛メカニズムなのです。しかし介護者から見れば、理不尽な逆ギレにしか見えず、さらなる怒りを招く原因となります。
マイナス感情の伝染という相互作用

認知症の人は、論理的な理解は難しくなりますが、周囲の感情を読み取る能力は高く保たれています。介護者の表情や声のトーンから、不安・怒り・焦りを敏感に察知するのです。
介護者が怒りを感じていると、その負の感情が認知症の人に伝染します。しかし認知症の人は、「なぜ相手が怒っているのか」「その怒りが誰に向いているのか」までは理解できません。
結果として、「自分が攻撃されている」と誤解し、不安がさらに増幅します。そして認知症の人の不安が、暴言や拒否という形で表れる。それを見た介護者のストレスも高まる。この「マイナス感情の伝染」が、関係性をどんどん悪化させていきます。
心理学研究では、この相互作用モデルが認知症介護の悪循環の核心だと指摘されています。一方が落ち着けば他方も落ち着く。しかし両方が不安定だと、際限なく悪化していくのです。
なぜ介護者は認知症の人に怒ってしまうのか
「怒ってはいけない」と分かっていても、怒ってしまう。その背景を理解することが、対策の第一歩です。
介護疲労と感情労働の限界

在宅介護、特にワンオペ介護では、介護者の心身は常に限界状態です。睡眠不足、休息なし、24時間気が抜けない緊張状態。この状態で「優しく接しなさい」と言われても、現実的には不可能です。
さらに問題なのは「感情労働」の負担です。感情労働とは、自分の本当の感情を抑え、適切な感情を演じ続ける労働のことを指します。イライラしていても笑顔で接する。怒りを我慢して優しく話す。
この感情労働を長期間続けると、心理学では「燃え尽き症候群」に陥りやすいことが分かっています。我慢の限界を超えた時、抑え込んでいた怒りが爆発してしまうのです。
そして爆発した後、強い罪悪感に襲われます。「なぜ自分はこんなに冷たいのか」と自分を責め、さらに心が疲弊する。この悪循環が、介護者を追い詰めていきます。
「前の親」への期待が捨てられない

多くの介護者が抱える葛藤は、「ちゃんと理解してほしい」「前のように戻ってほしい」という期待です。認知症になる前の親は、物事を理解し、会話が成立する存在でした。
しかし認知症が進行すると、同じ質問を繰り返し、説明しても理解できず、理不尽な主張を譲りません。頭では「病気だから仕方ない」と分かっていても、心の奥で「なぜ分かってくれないのか」という失望が積もります。
これは心理学で「曖昧な喪失」と呼ばれる概念です。身体は生きているのに、以前の人格は失われている。完全に失ったわけではないので、喪の作業もできない。この中途半端な状態が、介護者を苦しめます。
期待を完全に手放せないからこそ、裏切られた時の怒りが湧いてしまうのです。この感情は決して異常ではなく、愛情の裏返しでもあります。
社会的孤立という構造的問題

在宅介護を続けていると、社会から孤立しやすくなります。友人との交流も減り、趣味の時間もなくなり、介護だけの生活になる。この孤立が、精神的な余裕を奪います。
さらに、認知症介護の苦しさは、経験していない人には理解されにくいものです。「親を大切にしなさい」という社会的プレッシャーもあり、「辛い」と言い出せない。誰にも相談できず、一人で抱え込む。
この孤立状態では、些細なストレスが大きな怒りに変わりやすくなります。ガス抜きの場がないため、認知症の人に対して爆発してしまうのです。
つまり、介護者が怒ってしまうのは、個人の問題というより社会構造の問題でもあるのです。一人で抱え込ませる仕組み自体が、怒りを生み出しているともいえます。
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認知症の人に怒らずに対応する具体的方法
では、怒らずにどう対応すればいいのでしょうか。実践的な方法を見ていきましょう。
否定せず共感する―感情優先のコミュニケーション

認知症ケアの基本原則は、事実よりも感情を優先することです。「財布を盗まれた」と訴えられた時、「誰も盗っていない」と否定しても意味がありません。
正しいアプローチは、まず感情に共感することです。「それは大変でしたね」「心配ですよね」と、本人の不安な気持ちを受け止めます。そして「一緒に探しましょう」と提案する。
事実関係を正すことより、安心感を与えることが重要です。認知症の人は論理的説得では納得しませんが、感情的な安心は得られます。
また、本人の言うことをおうむ返しするのも効果的です。「だまされた」と言えば「だまされたの?」と返す。この繰り返しの中で、自然と怒りが収まることがあります。
興奮時は距離を取る―クールダウンの技術

認知症の人が激しく興奮している時、正面から向き合い続けるのは逆効果です。感情の伝染により、こちらも興奮してしまい、衝突がエスカレートします。
そんな時は、いったんその場を離れることが最善策です。「ちょっとトイレに行ってきます」「お茶を入れてきますね」と言って、物理的な距離を取ります。
時間と空間を置くことで、お互いにクールダウンできます。認知症の人は短期記憶が弱いため、少し時間が経てば何に怒っていたかを忘れることも多いのです。
また、話題を変えることも有効です。窓の外を指さして「あ、鳥が飛んでいますね」と注意をそらす。認知症の人は注意が転導しやすいため、うまくいけば怒りから気をそらせます。
プライドを守る言葉選び

認知症の人は自尊心が高く保たれているため、プライドを傷つけない言葉選びが重要です。「できない」ことを指摘するのではなく、「できる」ことを認める姿勢が大切です。
例えば、服の着方を間違えている時。「違うでしょう」と指摘するのではなく、「こっちの方が素敵ですよ」と提案する形にします。命令ではなく、選択肢を示すのです。
また、子ども扱いは絶対に避けるべきです。「〇〇ちゃん」と呼んだり、赤ちゃん言葉を使ったりすると、強い屈辱感を与えます。年長者としての尊厳を守る接し方を心がけましょう。
「〜していただけますか」という丁寧語を使うことも効果的です。命令口調ではなく、お願いの形にすることで、本人の自尊心を保ちながら協力を得やすくなります。
環境を整える―怒りの原因を減らす工夫

認知症の人が怒る原因の多くは、環境的な要因で減らすことができます。予防的なアプローチが、怒りの発生そのものを防ぎます。
まず、物の定位置を決めることです。財布や鍵など大切なものは、いつも同じ場所に置く習慣をつける。「盗まれた」という妄想を防げます。
次に、安定した生活リズムを保つことです。毎日同じ時間に食事、同じ時間に入浴。パターン化された生活は、認知症の人に安心感を与え、混乱を減らします。
また、体調不良が怒りの原因になることもあります。便秘、痛み、暑さ寒さ。認知症の人は不快感を言葉で表現できないため、怒りとして現れます。体調管理にも気を配りましょう。
介護者自身を守る―認知症の人に怒らずに済む構造を作る
最も重要なのは、介護者自身が限界を超えないことです。
介護サービスの積極活用

「自分が全部やらなければ」という思い込みが、介護者を追い詰めます。介護サービスは使うべきものであり、使うことは親不孝ではありません。
デイサービスを週に数回利用するだけで、介護者の負担は大きく軽減されます。本人にとっても、他者との交流は良い刺激になり、周辺症状の改善につながることがあります。
ショートステイも積極的に活用しましょう。月に数日でも介護から離れられれば、心身を回復させることができます。罪悪感を感じる必要はありません。介護者が壊れてしまえば、介護そのものが継続不可能になるのです。
地域包括支援センターに相談すれば、利用できるサービスを紹介してもらえます。ケアマネジャーと相談しながら、負担を分散させる仕組みを作りましょう。
「限界サイン」を見逃さない

介護者自身が「限界だ」と気づくことが、非常に重要です。次のようなサインが出たら、危険信号です。
- 睡眠障害が続いている
- 食欲がなくなった
- 何もかも面倒に感じる
- 笑えなくなった
- 頻繁に怒鳴ってしまう
- 「消えたい」と思うことがある
これらは介護うつの兆候です。自分を責めるのではなく、助けを求めるべきタイミングだと理解しましょう。
医療機関を受診することも選択肢です。抗うつ薬や睡眠薬で症状を緩和しながら、介護を続けることもできます。「薬に頼るのは弱さだ」と思う必要はありません。
施設入所という選択も視野に

在宅介護が限界に達した時、施設入所は逃げではありません。むしろ、本人にも家族にも最善の選択となることがあります。
施設では専門的なケアを受けられます。家族は「介護者」から「家族」に戻ることができ、面会時には穏やかに接することができます。
実際、施設入所後に親子関係が改善したケースは多くあります。在宅で毎日衝突していた時よりも、たまに会う方が優しくなれる。これは決して珍しいことではないのです。
「親を施設に入れるのは親不孝」という固定観念を手放しましょう。共倒れになってしまう方が、はるかに不幸な結末です。
認知症の人に怒るとどうなるか―症状悪化を防ぐために:まとめ
認知症の人に怒ると、前頭葉機能低下により感情が増幅し、不安と混乱が爆発的に強まります。事実の記憶は消えても感情の記憶は残るため、「この人は怖い」という印象だけが定着し、信頼関係は崩壊します。
その結果、周辺症状(BPSD)が悪化します。暴言・暴力・徘徊・介護拒否・被害妄想が強まり、介護そのものが困難になっていきます。認知バイアスが強化され、誤った認識が固定化し、家族を「敵」と認識するようになります。
介護者が怒ってしまうのは、介護疲労と感情労働の限界、「前の親」への期待、社会的孤立という構造的な問題が背景にあります。個人の努力だけでは解決できません。
怒らずに対応するには、否定せず共感する、興奮時は距離を取る、プライドを守る言葉選び、環境を整えることが重要です。事実より感情を優先し、安心感を与えるコミュニケーションを心がけましょう。
認知症の人に怒ることは、症状を悪化させ、関係性を破壊し、介護を困難にします。しかし、怒ってしまった自分を責める必要はありません。大切なのは、怒らずに済む構造を作ることです。
一人で抱え込まず、使えるサービスは全て使う。限界を感じたら助けを求める。それが、認知症介護を持続可能にする唯一の道なのです。
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