認知症で大事な人から忘れるのはなぜ?家族ができる心の準備と対応法

セルフケア

【この記事の信ぴょう性】

       

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「あなた、どなたでしたっけ?」

認知症の親や配偶者からこの言葉を告げられる瞬間。それは、介護をしている家族にとって最も恐れていた瞬間であり、同時に最も深い悲しみを感じる瞬間です。

長年一緒に過ごしてきた大事な人に忘れられる。それも、遠くに住む親戚ではなく、毎日顔を合わせている配偶者や子どもから忘れられていく。「なぜ、一番大事な人から忘れていくの?」この疑問と悲しみに、多くの家族が苦しんでいます。

この記事では、認知症で大事な人から忘れる症状の医学的メカニズムと、忘れられた家族の心の痛みへの向き合い方、そして記憶が失われても残る絆について詳しく解説します。なぜこの矛盾が起きるのか、家族はどう受け止めればよいのか、実践的な知識をお届けします。

認知症で大事な人から忘れる残酷な現実

認知症の症状の中でも、家族に最も深い衝撃を与えるのが「大事な人を忘れる」という現象です。この矛盾した状況は、多くの家族を困惑させます。

「あなた、どなた?」の衝撃

施設に入居している認知症の母を訪ねた娘が、「どなたですか?」と尋ねられる。毎日介護をしている夫が、妻から「知らない男の人がいる」と怖がられる。こうした場面は、認知症介護の現場で珍しいことではありません。

家族にとって、この瞬間は想像以上のショックです。頭では「認知症だから仕方ない」と理解していても、心は深く傷つきます。何十年も一緒に過ごしてきた時間が、一瞬で否定されたような感覚に襲われるのです。

ある息子は、仕事が手につかないほどのショックを受けたと語ります。「母と過ごした全ての思い出が、母の中から消えてしまったのだと思うと、自分の存在価値すら分からなくなりました」と。

この衝撃は、単なる悲しみだけではありません。怒り、無力感、孤独感、そして罪悪感まで、複雑な感情が渦巻きます。「もっと早く気づいていれば」「もっと一緒にいる時間を作れば良かった」という後悔の念も湧き上がるのです。

家族が感じる複雑な感情
深い悲しみと喪失感
「なぜ私だけ忘れられるのか」という疑問
自分の人生が否定されたような虚無感
「もっと何かできたのでは」という罪悪感
介護を続ける意味への疑問

なぜ遠い親戚は覚えているのに家族を忘れるのか

さらに家族を苦しめるのが、この矛盾です。毎日顔を合わせている配偶者や子どもの顔は忘れているのに、何十年も会っていない遠い親戚の名前は覚えている。年に一度しか会わない友人のことは話題にするのに、毎日世話をしている家族のことは分からない。

「私がこんなに尽くしているのに、なぜ忘れられるの?」「愛情が足りなかったということ?」家族はこう自問してしまいます。しかし、これには明確な医学的理由があるのです。

認知症では新しい記憶から失われていくという特徴があります。つまり、今まさに一緒に暮らしている家族の記憶は「最新の記憶」として、最初に消えてしまうのです。一方、若い頃の記憶は比較的長く保たれるため、昔の知人のことは覚えているという逆転現象が起きます。

これは愛情の問題ではなく、脳の機能障害による結果です。むしろ、毎日一緒にいる大事な人ほど、記憶が常に「更新」されるため、その更新機能が失われると真っ先に忘れられてしまうのです。

人物誤認という混乱

大事な人を忘れる症状は、単に「分からなくなる」だけではありません。別の人と間違えるという現象も起きます。

50代の息子を亡くなった弟と間違える。孫を自分の子どもだと思い込む。配偶者を親だと認識する。このような人物誤認は、家族にさらなる混乱をもたらします。

「息子の○○ですよ」と説明しても、「息子は死んだ」と言われてしまう。寝室にいる夫を「知らない男の人」として追い出そうとする。こうした行動は、家族関係に深刻な亀裂を生じさせかねません。

これは「カプグラ症候群」などの妄想性人物誤認と呼ばれる症状です。認知症の方は若い頃の記憶に戻っていることが多く、その時代の記憶と現在が混在することで、目の前の家族を別の人物として認識してしまうのです。

認知症で大事な人から忘れる脳のメカニズム

なぜ認知症では大事な人から忘れていくのか。その医学的メカニズムを理解することで、家族の心の整理がつきやすくなります。

記憶が失われる順番

認知症、特にアルツハイマー型認知症では、記憶が消えていく順番に明確なパターンがあります。それは「新しい記憶から古い記憶へ」という順序です。

まず失われるのが即時記憶です。数秒から数分前の出来事を覚えていられなくなります。「さっき何を食べたか」「今何をしようとしていたか」といった直前の記憶が消えます。

次に失われるのが近時記憶です。数分から数日前の出来事が思い出せなくなります。「昨日誰が来たか」「数日前に何をしたか」という比較的新しい記憶が失われるのです。この段階で、毎日会っている家族の顔が「誰だったか」分からなくなり始めます。

そして最後に失われるのが遠隔記憶です。数年から数十年前の記憶、つまり若い頃の思い出や子育ての記憶などが徐々に薄れていきます。ただし、この遠隔記憶は比較的長く保たれるため、昔のことは覚えているという状態が続くのです。

記憶が失われる順番
即時記憶(数秒~数分前):最初に失われる「今日会った家族の顔」
近時記憶(数分~数日前):次に失われる「昨日の会話内容」
遠隔記憶(数年~数十年前):最後まで残る「結婚式や子育ての思い出」
手続き記憶(体で覚えた動作):最も長く残る「箸の使い方、歩き方」

海馬の萎縮が引き起こす記憶障害

この記憶の消失パターンには、脳の構造的な理由があります。記憶を司る海馬という脳の部位が、アルツハイマー型認知症で最も早期に障害されるのです。

海馬は大脳辺縁系に位置し、新しい記憶の形成において中心的な役割を担っています。特に「エピソード記憶」と呼ばれる体験の記憶を、一時的な記憶から長期的な記憶へと変換する働きがあります。

海馬が萎縮すると、新しい記憶を形成する能力が失われます。つまり、今日会った人の顔、今日の出来事、今日の会話といった「最新の情報」を脳に定着させることができなくなるのです。

一方、すでに長期記憶として脳の他の部位に保存されている古い記憶は、海馬の障害の影響を受けにくいため、比較的長く保たれます。これが、「昔のことは覚えているのに、今のことを忘れる」という現象の正体です。

海馬の役割と障害
海馬の正常な働き:新しい体験を記憶に変換し、長期保存する
海馬が萎縮すると:新しい記憶を形成できない、最近の出来事を忘れる
結果:毎日会う家族の記憶が更新されず、「誰だか分からない」状態になる

見当識障害が人物認識を妨げる

大事な人を忘れる症状には、記憶障害だけでなく見当識障害も深く関わっています。見当識障害とは、時間や場所、人を正しく認識する能力が低下する症状です。

見当識障害は、時間の認識から始まり、場所の認識、そして最後に人の認識へと影響が広がっていきます。つまり、「今日は何日か」が分からなくなり、「ここはどこか」が分からなくなり、最終的に「この人は誰か」が分からなくなるという順序です。

人物の見当識障害では、関係性の薄い人から忘れていく傾向があります。遠い親戚や知人は早い段階で「誰だったか」分からなくなります。しかし皮肉なことに、毎日会う家族は記憶の更新が必要なため、更新機能が失われると真っ先に認識できなくなるのです。

さらに、若い頃の記憶に戻っている認知症の方にとって、目の前の老いた配偶者や成長した子どもの姿は、記憶の中のイメージと一致しません。これも人物誤認を引き起こす要因となります。

【大事な人に忘れられる辛さを一人で抱えていませんか?】

「母に『どなた?』と言われて、心が折れそうです」
「この悲しみを誰に話せばいいのか分からない」

大事な人に忘れられる痛みは、経験した人にしか分かりません。でも同じ経験をした人の支えや専門家のアドバイスで、少しずつ前を向けます。
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認知症で忘れられた家族の心理と向き合い方

大事な人に忘れられることは、家族に深刻な心理的影響を与えます。この痛みとどう向き合えばよいのでしょうか。

家族が感じる深い喪失感

認知症の親や配偶者に忘れられることは、その人が亡くなったのと同じような喪失感をもたらします。いや、ある意味ではもっと辛いかもしれません。目の前にいるのに、自分を知らないという現実は、二重の苦しみを生むからです。

「自分のことだけは忘れないでほしい」という願いが叶わないとき、家族は深い絶望感に襲われます。何十年も一緒に過ごした思い出、共有してきた時間、積み重ねてきた絆が、すべて無意味だったような気持ちになるのです。

ある娘は「母との全ての思い出が、母の中から消えてしまった。私が存在していた証拠がなくなったような虚無感に襲われた」と語ります。この喪失感は、単なる悲しみを超えた、アイデンティティの危機とも言える深刻なものです。

さらに、家族は孤独感にも苦しみます。「忘れられた」という事実を他人に話しても、本当の痛みは理解されにくいものです。「認知症なら仕方ない」と言われても、心の傷は癒えません。

家族が抱える心理的負担
深い喪失感と悲しみ
自分の存在価値への疑問
介護を続ける意味が分からなくなる無力感
誰にも理解されない孤独感
「もっと何かできたのでは」という罪悪感

「忘れられても愛は変わらない」という真実

しかし、ここで知っておいてほしい重要な事実があります。それは記憶が失われても、感情や絆は別の形で残るということです。

認知症の方は、あなたの名前や顔は忘れても、あなたと一緒にいると感じる「安心感」「温かさ」「心地よさ」といった感情は残っています。言葉では説明できなくても、「この人といると安心する」という感覚は、脳の深い部分に刻まれているのです。

実際、認知症が進行した方でも、家族が訪れると表情が柔らかくなったり、落ち着いたりすることがあります。それは、意識的な記憶ではなく、無意識の安心感が働いているからです。

若年性認知症の当事者である丹野智文さんは、こう語っています。「僕が友人たちのことを忘れてしまっても、友人たちが僕のことを覚えてくれていればいい。だから、僕は認知症になってみんなを忘れてしまっても怖くない」と。

この言葉は、認知症ケアの本質を表しています。大切なのは、認知症の方があなたを覚えていることではなく、あなたがその人との記憶を持ち続けることなのです。

記憶が失われても残るもの
一緒にいると感じる安心感や温かさ
言葉にできない心地よさの感覚
表情や雰囲気から伝わる絆
家族が持ち続ける共有の記憶
介護を通じて深まる新しい絆

面会の意味を見つめ直す

「忘れられてしまったなら、もう面会に行っても意味がない」と考える家族もいます。一方で、「忘れられないように」と面会の回数を増やす家族もいます。しかし、どちらも本質的な解決にはなりません。

面会の回数を増やしても、記憶機能が失われている以上、覚えてもらうことは困難です。逆に、面会をやめてしまうと、認知症の方は「誰も来てくれない」という孤独感を深めてしまいます。

大切なのは面会の「目的」を変えることです。「覚えてもらうため」ではなく、「その時間を一緒に過ごすため」「穏やかな気持ちでいてもらうため」という目的に切り替えるのです。

たとえ毎回「初めまして」の関係になっても、その場で笑顔で会話ができれば、それでいいのです。記憶には残らなくても、その瞬間の温かさや喜びは、認知症の方の心に確かに届いています。

認知症で大事な人を忘れた家族への具体的な対応法

認知症で大事な人を忘れてしまった家族に、どう接すればよいのでしょうか。実践的な対応法を紹介します。

否定せず穏やかに受け入れる

「私は息子の○○ですよ!」「何年一緒にいると思ってるの!」と強く訂正したくなる気持ちは分かります。しかし、これは最もしてはいけない対応です。

認知症の方は、悪意があって忘れているわけではありません。脳の機能障害により、本当に分からなくなっているのです。強く訂正されると、混乱と不安が増すだけで、症状が悪化することさえあります。

また、「知らない人(実際は息子)に、なぜ怒られなければならないのか」と感じ、恐怖心や攻撃性が高まる可能性もあります。これは、認知症の行動・心理症状(BPSD)を悪化させる要因となります。

代わりに、穏やかに受け入れる姿勢が大切です。「○○です」と名乗り直して、その場の会話を楽しむ。毎回「初めまして」でも構わないという心構えを持ちましょう。

避けるべきNG対応
「私が誰だか分からないの!?」と強く詰め寄る
「何年一緒にいると思ってるの」と責める
「認知症だからしょうがない」と冷たく突き放す
無視する、関わりを避ける
怒りをぶつけて本人を傷つける

視覚的な手がかりを活用する

記憶を補助するために視覚的な手がかりを活用することも有効です。家族の写真を見やすい場所に飾る、写真に名前と関係性を書いておく、といった工夫で、認識を助けることができます。

「これは息子の○○さんです」「娘の△△さんです」と書いた写真を部屋に貼っておくと、本人が自分で確認できます。ただし、最近の写真ではなく、若い頃の家族の写真の方が認識しやすい場合もあります。

また、毎回訪問時に「○○です」と名乗り、「息子ですよ」「娘ですよ」と穏やかに伝えることも大切です。覚えてもらうためではなく、その場で安心してもらうための確認です。

メモや日記を活用する方法もあります。「今日は息子が来てくれました」「一緒にお茶を飲みました」といった記録を残すことで、後で見返した時に少しでも思い出すきっかけになるかもしれません。

感情に寄り添う接し方

名前や顔は忘れても、感情は残っていることを忘れないでください。優しい言葉をかければ嬉しいと感じ、笑顔で接すれば安心します。

「誰だか分からない」と言われても、怒らず、悲しまず、穏やかに「○○ですよ。一緒にお茶でも飲みましょうか」と誘ってみる。その優しい雰囲気や温かい言葉は、記憶には残らなくても、心には届いています。

昔話をすることも効果的です。若い頃の思い出、子育ての思い出など、遠隔記憶は比較的保たれているため、そうした話題で会話を楽しむことができます。「お母さんが若い頃、こんなことがあったよね」と語りかけることで、安心感と喜びを感じてもらえます。

身体的な触れ合いも大切です。手を握る、肩に手を置く、優しく抱きしめる。こうした身体的なコミュニケーションは、言葉以上に安心感を伝えることができます。

効果的な接し方のポイント
穏やかに名乗り直し、その場の会話を楽しむ
写真や視覚的な手がかりを活用する
昔話など遠隔記憶に働きかける
優しい言葉と笑顔で安心感を与える
手を握るなど身体的な触れ合いを大切にする

認知症で忘れられたら家族自身の心のケアが最優先

大事な人に忘れられる経験は、家族に深刻な心理的ダメージを与えます。本人へのケアと同じくらい、家族自身の心のケアが重要です。

悲しみを抑え込まない

「認知症だから仕方ない」「弱音を吐いてはいけない」と、自分の感情を抑え込んでいませんか。しかし、悲しみや怒りといった感情を無理に押し殺すことは、心の健康に悪影響を与えます。

悲しいと感じることは、当然の反応です。大事な人に忘れられて悲しくない人などいません。その感情を否定せず、認めることが第一歩です。

泣きたい時は泣く。辛い時は「辛い」と口に出す。そうした感情の発散が、心の健康を守るために必要なのです。一人で抱え込まず、信頼できる人に話を聞いてもらうことも大切です。

同じ経験をした人とつながる

大事な人に忘れられる痛みは、経験した人にしか分かりません。だからこそ同じ経験をした人とつながることが、大きな支えになります。

認知症家族の会や介護者の集まりに参加してみましょう。そこには、あなたと同じ痛みを経験した人たちがいます。「分かってもらえる」という安心感が、孤独感を和らげてくれます。

また、介護のプロに気持ちを共有することも有効です。施設のスタッフやケアマネジャーは、多くの家族の苦しみを見てきています。専門的な視点からのアドバイスや、共感的な傾聴が、心の支えになるでしょう。

自分の人生も大切にする

「忘れられてしまったけど、介護は続けなければ」という使命感だけで介護を続けることは、心身ともに疲弊させます。自分の人生も大切にすることを忘れないでください。

介護サービスを活用して、自分の時間を持つ。趣味や友人との交流を続ける。仕事を続ける。こうした「介護以外の自分」を保つことが、長期的な介護を可能にします。

「忘れられたから、もう何もしなくていい」という極端な考えも、「覚えていてもらうために全てを犠牲にする」という極端な考えも、どちらも健全ではありません。バランスを取りながら、できる範囲で関わり続けることが大切です。

家族の心のケアのポイント
悲しみや怒りの感情を抑え込まない
同じ経験をした人や専門家に話を聞いてもらう
介護サービスを活用して自分の時間を持つ
趣味や友人関係など、介護以外の自分を保つ
完璧を目指さず、できる範囲で関わる

認知症で大事な人から忘れられても残る絆:まとめ

認知症で大事な人から忘れるという現象は、新しい記憶から失われていくという脳の特性によって起こります。海馬の萎縮により最新の記憶が形成できなくなるため、毎日会う家族ほど真っ先に「誰だか分からない」状態になるのです。

これは愛情の問題でも、介護の質の問題でもありません。脳の機能障害による結果であり、避けることのできない症状なのです。だからこそ、家族が自分を責める必要は全くありません。

大事な人に忘れられることは、深い喪失感と悲しみをもたらします。しかし同時に知っておいてほしいのは記憶が失われても、感情や絆は別の形で残るということです。名前や顔は忘れても、一緒にいる時の安心感や温かさは、認知症の方の心に確かに届いています。

対応のポイントは、否定せず穏やかに受け入れること、視覚的な手がかりを活用すること、そして感情に寄り添うことです。毎回「初めまして」でも構わないという心構えを持ち、その場の会話や触れ合いを大切にしましょう。

何より重要なのは家族自身の心のケアです。悲しみを抑え込まず、同じ経験をした人とつながり、自分の人生も大切にしてください。完璧な介護を目指す必要はありません。できる範囲で、心を込めて関わり続けることが、何よりも大切なのです。

認知症の方があなたを覚えているかどうかではなく、あなたがその人との記憶を持ち続けること。そして、その人が穏やかに過ごせるよう支えること。それこそが、認知症介護の本質なのです。

「忘れられても、愛は変わらない」この言葉を胸に、一歩ずつ前に進んでいきましょう。

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